こんにちは教育パラレルワーカーであり2児の父のマサムネです(*’▽’)
子育て、生徒指導、部下育成、どんなジャンルの教育でも長期目線が大切です。
今回は長期目線の必要性、短期目線の欠陥、長期目線で接していくための具体的手法をお伝えします。
今朝も「保育園に行かない」と号泣する2歳児
先日こんな記事を書きました。
こちらの記事を読んでいただいてからの方が内容がわかりやすいかもしれません。
二日連続保育園に行かないとゴネる娘(笑)
普通なら辟易としてしまうでしょうが今日も私は叱りません。
教育は「長期目線である」ということを強く意識しているからです。
よく見ると昨日より進歩しているところもあるんですよ^^
少し泣き止むのが早くなっていたり、今日は朝食をきちんとイスに座って食べていたり。
朝機嫌が悪いのはもうしょうがないことと割り切って、なるべく早く寝るように働きかけています。
できる限り上機嫌で保育園に行けるような状況を作ってあげつつも、最後は本人に結果を返してあげることで、もしかしたら本人が何かやり方を変えようとするかもしれません。
ちなみにうちの2歳児は朝から大号泣でしたが、なんだかんだ自分で着替えて機嫌よく保育園に旅立っていきました(笑)
人間形成は短期で結果が出るものではない
人格ーここではライフスタイルと言っておきますが、短期で形成されません。
うちの娘は最近パジャマのボタンをすべて自分でとめられるようになりました。
しかしこれはある日突然できるようになったわけでもありませんし、こちらが意図的にやらせたわけでもありません。
いつからか自分でやりたがるようになり、毎日コツコツと練習することで一人で着られるようになったんです。
ああ、書いていると思わずニヤけてしまいます^^
ライフスタイルの形成もまさしく同じです。
長い時間をかけ、自分の力で少しずつ獲得していくものなのです。
私は運動なんて嫌いで、特に持久走なんてこの世からなくなればいいと思っていました。
でも今は週に2回5kmジョギングと週に1回1.5kmのタイムアタックをしています。
運動習慣のない人からしたらすごいことのように思うかもしれませんが、全然そんなことありません。
5km走っているという結果しか見えないですが、この習慣を始めたころは「1日一回家から50mほどのところにある公園に散歩したら合格」のようなユルすぎる運動習慣から始めました。
これと同じで、「朝上機嫌で用意をすませて保育園に行く」という結果を出すためには短期ではダメなわけです。
ここを親の力を使いまくって達成させると、
「自転車に乗せて5km走った」とか、「すごく怖い犬10匹に5km追いかけさせたから今日は走れた」のようなことになるわけです。
大事なのは、自分の意志で5km走りきると決めて、少しずつ達成に近づいていくことです。
言われてすぐやるのは「成長」ではない
強く叱りつけて保育園の用意をできるようになったとしてもあまり意味はありません。
叱る人がいなくなればどうなるでしょうか、
叱る人のことを脅威だと感じなくなったらどうなるでしょうか、
これは「成長」ではなく「帳尻合わせ」です。
犬に追いかけさせればその日は5km走れるでしょうが、翌日以降も犬に追いかけさせ続けなければならず、最終的には5km走らずに犬を振り切る方法を考え始めます。
これは全く好ましいことではありません。
短期目線の危険性はここにあります。
すぐに結果を求めてしまうことで、小さな成長を見過ごし、子どもを追い立ててしまうわけです。
補助さえしてやれば成長しようとする力は働くのに、いつの間にか多くを求めすぎて子どもを引き算で見てしまうようになるんですね。
そうではなく、前回からの変化3カ月前からの変化を楽しんでやりましょう^^
とはいえ同じことを繰り返されると腹が立つ
なんだかんだ言って我々も人間なわけですから、同じことをされてしまうと腹は立ちます。
えらそうなことを並べ立てていますが、私もときにはプリプリして奥さんや子どもたちに気を遣わせてしまうことがあります。
学級担任をしていた時も、同じようなことを繰り返されて不機嫌になってしまったことがあります💦
別にそれはそれでいいと思っています。
むやみに苛立ちを相手にぶつけないようトレーニングする必要はあると思いますが、いら立ってしまうのは特にいけないことだとは思いません。
それよりもいら立ってしまう自分に気付くこと、気付いたうえで目の前の相手に対して違う見方ができないかを考えることが大切です。
次の項では長期の目線を獲得して、むやみにイラつかない方法をご紹介します。
教育の長期的目線を持つための具体的手法
ここまでで、教育について長期目線を持つことの必要性はお分かりいただけたと思います。
考え方
まずは具体的手法のうち
どのようなマインドセットで接すればいいかということをいくつかご紹介します。
我が子ですら、自分のために生きているわけではない
これは普遍的な真実です。
我が子が自分のために生きていると考える人はいないと思います。
我が子ですらそうなわけですから、それ以外の他者は全員そうです。
誰一人としてあなたのために生きている人はいません。
なのに用意をせずに泣きわめく子どもにイライラするのです。
このとき、少し引いて考えてみてください。
この子はこの子自身の善を成すために生きているわけで、今泣き叫んでいるのは本人なりの目的があるわけです。
私がイライラしているのにも、仕事に遅れたくないという目的があります。
つまりお互いのしたいことがぶつかっているだけでなわけです。
ですから、相手が自分のために生きているわけではないということを思い出せさえすれば、
「まぁしょうがないか、そしたらここからどうしようかな。」と、落ち着いてその次のことを考えられます。
生きていてくれるだけで幸せ
なんか宗教くさいと思っていませんか?(笑)
でも事実ですよね。
我が子であれば、本当にもう生きていてくれるだけでOKなわけですから、
不要なイライラの感情が出てきたときはそれを自覚しつつも
なるべくこのことを思い出したいものです。
無事生まれてきてくれただけであんなに大喜びしていましたし、
ボタンがとめられるようになっただけで幸せになれるんですから、
そこにいてくれるだけで大満足です!
変化するかどうかは本人の課題
端的にいうと「スケベごころを出してはいけない」ということです。
「生きていてくれるだけで幸せだよ~」とか
「君は私のために生きているわけではないよね~」とか思うようにしていても、
心のどこかで「来週くらいには泣かずに保育園の用意できるようになってね~」なんて考えていては台無しです。
そもそも成長するかどうか、変化するかどうかは本人が決めることであって他人が指図できるようなことではありません。
指図されてできるようになったことは成長ではないんでしたよね。
相手が変化するに任せる、相手を信頼して環境を整える。ここから始めて生きましょう。
すべきこと
基本的な考え方をお伝えしたので、最後に具体的にすぐ実行できることをお知らせします。
ゆとりのある時間を用意する
相手にいら立ったり何かを要求したりするときはたいてい自分に何らかのリソース(資源)が足りていないときです。
教育の場合大半は時間です。
出社に遅れそうだから保育園に行きたがらない子どもにいら立ちます。
授業の目標を達成できていないのに終了直前に私語をしていたらいつもより苛烈に怒ってしまうかもしれません。
怒りは教育の時短術なわけです。
でも叱ってやらせることには教育効果がないのですから、結局は時間を用意するしかないということになります。
- 無駄なものを削ぐ(子育てなら仕事の残業や家事の時間、教師なら謎の事務作業など)
- 自分の時間や睡眠時間を削ぐのはNG
- 毎日やることはルーティン化する
月並みですがこのあたりになるでしょうね。
特に我が子との時間を割くために仕事の時間を最小限にしていくことは重要です。
また、教師にしても会社員にしても、生徒や部下が長期で自立していってくれた方が間違いなく仕事量は減ります。
私の経験上、自立のために叱らない学級経営をしていたころがまさしくそうでした。
自分の受け持っていたクラスが、1学期は「落ち着きがない」とか「元気、騒がしい」と言われ続けていましたが、9月ごろから自分で考えられる子が増えていき、3学期には私はほとんど介入しない。。。そんな様子になりました。
1年単位で考える必要はありませんが、長い目で見ることの有効性を実感した出来事でした。
本人なりに伸びているところを探す
これもよく聞くことですが、私も時々抜け落ちます。
本人の行動を細分化してみてみると、毎回同じということはほとんどないのです。
うちの娘の場合も、今日は気分を落ち着けるまでの時間が前回より短かったわけですから、確実に進歩しているわけです。
ここにフォーカスすれば自ずとこちらのイライラもなくなりますし、相手にもそのことが伝わります。
自分自身の成長を見つめなおす
これは私がやっていることです。
トレーニングで腕立て伏せをやっていて、先週より1回多くできたな。。。
ということを記録に取るようにしています。
人から見ればほとんどわからない成長ですが、これを繰り返していくことでより高度なトレーニングができるようになりました。
そういう自分自身のカメのような成長速度を見つめていると、子どもの成長速度のはやさに驚きます。
するともうあとは感動しかなくなるわけです。
期間を区切らない
自分自身の筋トレではある程度期間を決めて、目標の体重や体脂肪率を設定していますが、あくまで目安ですし達成できなくても大きく落ち込んだりしないよう心がけています。
ライフスタイルの形成についてはもっとゆとりがあっていいと思います。
筋トレは特定の部位に刺激を与えて成長させること位です。
一方でライフスタイルの成長はどの部位にどのように負荷がかかるかは、本人の現時点での性格や環境によって大きく左右されます。
保育園や公園でどんな刺激を受けているのか、そのとき周りにどんなお友達がいるのかまでは私に操作できません。
そのうえで本人の成長を見守っていくわけですから、「3ケ月後までには駄々をこねなくなくしよう」などと予定をたてることはできませんし、する必要はないのです。
学級経営や部下の育成も同じです。
「この1年の間にこんな生徒にしていこう。」
「試用期間の間にこんな人間性を獲得させよう。」
定量的に測ることができるスキルなどは別として、
ライフスタイルや価値観といった「人としての在り方」については、期間を設けずにいつかできるようになってくれるようアプローチしていくことが望ましいでしょう。
まとめ
今回は、教育の長期目線の必要性についてまとめてみました。
具体的に教から実践できる方法もありますので、ぜひ試してみてください。
子どもや部下と向き合うとき。
「あれ?この接し方って短期的な結果を求めてしまってないかな?」
と、一歩引いて立ち止まってみてください。
10回に1回でもそんな風に立ち止まることができたのであれば、それもまた成長だと言えるわけです。
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