小中学校での超過勤務の問題が話題となる昨今。アメリカの先生たちには残業の概念がほとんどないらしい。同じ公立学校の教員でありながら日本では常態化している残業がなぜないのだろうか。アメリカでは日本とは異なる体制で指導が行われているのか。渡米し現地の公立小学校で図工の教師をしているBuuさんにお話を伺った。
▼プロフィール:コロラド州公立学校教員 Buu日本の大学で小学校教員養成の課程を専攻。
2019年に国際結婚で大学卒業と同時にハワイに移住する。
公立小学校での学級補助のボランティア(ハワイとコロラド)や保育園の担任補助(コロラド)の勤務経験を経て、現在はコロラド州の公立小学校の図工教員として働いている。
–インスタグラムとコスモポリタンにてアメリカの教員生活を漫画にして情報発信している。
アメリカと日本、学校組織の違い
アメリカの学校はどのような組織図で運営されていますか?
ざっくりこんな感じなんです。
色んなニーズにあわせた職員がいる…という感じですね。
管理職、支援員、教員、事務や用務のスタッフなど様々な人が働いています。
校長、教頭、指導教諭という管理職の人たちがいて、問題行動を起こして手に負えない児童がいるとその人たちが動いてくれます。教員は担任、教科担当、図工などの専門科目の教員、そして特別支援教員がいます。
他にも日本の学校でも働いておられるような事務関係の職員さんがいて、あとは様々な職種の支援員さんたちが給与を受けて働いています。スクールカウンセラーも常勤・非常勤と複数名です。
様々な職種の支援員
支援員さんてどんなことをされているんですか?
メンタルのサポートや身体的なサポートなど様々です。
支援員の方々の職種は様々です。日本では場合によってボランティアで従事している人もおられますが、アメリカではパートタイムの仕事として成り立っています。
例えば理学療法士の方や作業療法士の方は、支援が必要な児童に対して週1~2回学校に来てトレーニングをしてくれます。学習するにあたって身体的な課題を抱えている児童に、ちょっとした訓練などをしてくれる…といったことです。
アメリカの”教員”の業務
教員にあたる方たちはどんな業務をされますか?
教科担任制で業務にあたっています。
まず特別支援の教員ですが、算数や国語など発達の段階に合わせて支援が必要な場合は別室で指導してくれることもあります。基本的に通常学級で過ごす児童がほとんどですね。特別支援学級というものはありません。
朝の時間など授業以外で過ごす時間については児童たちはホームルーム教室で過ごしますが、そこに学級担任の先生がついています。担任の先生は各時間ごとに担当する教科をいくつか教えます。
専科(図工、体育、音楽、情報)などの先生も専門教室を持っていて、児童は時間割に沿ってその教室に移動していきます。日本の中学や高校に似ているかもしれませんね。
肩書上は支援員さんや管理職が生徒指導に関することを行うことになっていますが、実際は担任の先生たちが多くの範囲の業務を行っています。担任の先生が大きな責任と業務量を負っているという意味では日本と同じですね。
アメリカの小学校教員のライフスタイル
Buuさんの1日の過ごし方を教えてください
正式な勤務時間は7:30~15:30です。
1年目はけっこう遅くまで残っていましたが、今は7:30までに学校に到着して16:00くらいには学校を出ています。
おおよその時程はこんな感じです。
学校に到着してから8:15までは授業の準備をしています。8:15からのMorning Dutyは日本で言うところの朝の挨拶当番のようなものです。車で登校してくる生徒を出迎えたり廊下であいさつしたりと、教員によって担当が決まっています。
その後8:40から午前の授業が始まり、空きコマはなく午前3コマ連続で行います。10:55~11:40にお昼休憩があって、そこからまた午後は3コマ連続で授業です。14:00時に全ての授業が終わって後片付けや今後の授業の準備をしつつ14:50に児童を見送ります。
早い時は児童を見送った直後15:30くらいに学校を出られるときもありますし、残るときは17:00くらいまでは残っています。
休憩や休暇などの余白はどれくらい?
休憩や休暇はとれていますか?
学校にいる時間はかなり詰まっていますが、長期休暇はしっかりあります。
1年目はかなり忙しく動いていたので休憩もとりにくかったですし、今よりかなり残業もしていました。今は慣れてきたのでその頃よりはかなりうまく動けるようになってきていますね。
午前3コマ・午後3コマの授業の間に休み時間のようなものはないので、45分の授業が終わったらすぐに次のクラスが入ってきます。私の昼休憩は10:55~11:40で実質ここが空きコマのようになっています。お昼ご飯を食べたり準備したりしていて、午後の準備が多い時は昼食を食べる時間が10分しかとれないこともあります。
休日に関しては土日に出勤することは基本的にありません。長期休みはかなり長くて、2カ月の夏休みもしっかり休みです。夏休みの前後に1日だけ教員が出勤して働くという日もあったりしますが、長期休みの期間は自分の時間に充てることができます。持ち帰って仕事をすることもありますが、何日間か授業の準備を家でするくらいですね。
アメリカの教員の収入や暮らし向き
アメリカの先生の報酬体系や社会的信用度はどのような位置づけですか?
社会的信用度はそれなりにありますね。
地方自治体によりますが、ある地方自治体では大学を学士として卒業した1年目の先生は$47,291です。(2022年12月のレートで623万円以上。)一覧になっているものをインターネットで閲覧できます。
アメリカは物価も高騰していますが、自分の感覚としては普通に生活できるかなという感じはしています。ただし物価は高騰しているので日本と同じ感覚でお金を使えるわけではありません。特に不動産と外食は高いです。
私が安全に暮らせるなと思う物件を借りようと思ったら月々$1500くらいかかります。
学位によって年棒も変化します。学士+18単位で少しグレードが上がったり、修士や博士でグレードが上がったりと、学べば学ぶほど年棒は増えます。だから大学院に通っている先生方は私含めてけっこうおられますね。
定時にすぐ帰ればそれなりの時間を平日にも確保できますし、長期休みもしっかり休むことができるのでその時間を使って単位をとっています。
日米の学校と組織図は異なるが教育問題は…
アメリカも教師不足が深刻とニュースで見かけましたが本当ですか?
先生不足です!
私の勤務する学校の話でいくと、昨年度は10名の先生が退職されました。学校の状況が良くなかったので「学校の仕事はあきらめて別の仕事につく」という先生がすごく多かったです。
教員不足の主な理由は「多様化する教室内の支援に追いついていない」ということだと個人的には思います。学級担任に責任が偏ってしまい、負担が大きくなるという意味では日本の学校と同じことが起こっていると感じています。
根本的な問題は日本と変わりません。私の勤務する学校もかなり大変な部類に入るので退職してしまう先生が多いのも仕方ないかもしれません。
私の働いている学校は「Title1」という資金を受ける学校です。生活面に課題を抱える児童が多い学校に認定されているという意味で、家庭環境や言語の問題によって支援が必要な児童が多く在籍しています。
そういった児童たちの対応の負担の大きさから疲れ果てて退職してしまう人が多い…ということです。
学級担任ではなく問題行動に対応しなければならない先生方は特に大変です。突発的な問題行動に対応しなければならず、「うちのクラスにサポートに来てください」という連絡がトランシーバーで入ると休憩時間かどうかなど関係なく対応されています。そういった指導主任の先生は3名ほどいますが正直まわっていません。
給料が少なくて辞めていくという先生もいると思います。私の住んでいる州では教員の給料だけで充分に豊かな暮らしをしていけるとはいい難い状況です。日本と同じ感覚で外食などができるわけではないですね。
ハワイの先生は副業しないと生きていけない…?
前に住んでいたハワイ州ではほとんどの先生が副業をしていました。
ほとんどの先生がですか?!物価が高いのでしょうか?
前に住んでいたハワイ州では教員の給料だけでは生きていけないので副業している人がほとんどでした。物価がものすごく高くて、不動産は間違いなくアメリカで一番高いはずです。生活費もかなり高くて、タマゴ12個入りが$8とか…。
コロラド州の先生たちは自己研鑽のための副業が多い
コロラド州の先生方に聞いた中では自己研鑽や趣味の延長の副業をしている人が多いですね。
自家製の化粧品の販売、アパレルのセレクトショップの販売、自身の制作しているアート作品の販売などです。図工や音楽など、私のように実技教科を担当している先生は本業に関係している副業をしていることが多く、学級担任の先生は本業とは関係ない趣味の延長の仕事を副業として行っているパターンが多いです。
コロラド州でも生活費のために副業をしている先生はいるとは思いますが、私が聞いた中では趣味の延長などのパターンがほとんどでした。
ハワイ州の先生たちは生活費の補填のために副業をしている?!
ハワイで学校ボランティアをしているときによく聞いたのは近所の空港で受け付けのアルバイトをしたり、家族経営でやっているレストランの補助や、飲食店でのアルバイトなどですね。教員の傍らできて、特に資格も必要とせずある程度稼げる…といった仕事を選んで副業している先生が多いかなというところです。特に飲食業はチップも受け取ることができるので。不動産を始めとしてとにかく物価が高く、生活のために副業をしているという先生がほとんどでした。
アメリカの公立学校に副業を禁じる概念はない
そもそもアメリカには副業を禁じる決まりはないのですか?
そういう概念自体がないように思います。
禁じる法律はないですし、副業を控えた方が良いといった風習もないですね。校長先生との個別面談の時に「教員以外に力を入れていることはありますか?」と、趣味や副業も含めた意味合いの質問を受けました。「漫画を執筆していまして、法人から委託を受けて連載もしています。」と答えましたが、特に問題なく受け入れてもらえたので。「副業を禁られる」という概念がないのかもしれませんが、そのことについて私も深く考える機会がそもそもありませんでした。
兼業・副業によって教えられる幅が広がった
兼業が教育活動に還元できているという実感はありますか?
教えられる幅が広がりました!
教えられる幅が広がったというのが還元できている部分だと思います。州によりますが、コロラド州では図工を教える際の技法や画材、指導の仕方に細かい指定がありません。教える人によっては「絵の具を使った授業しかしない」など、教え方の幅が狭まってしまっていることもあります。私の場合オンラインで漫画を掲載している経験や知識を活かして、デジタルアートを教えることができるようになりました。そういう意味では副業が教育に還元できているなと実感しています。
また、フォロワーの方や掲載先の企業様からのフィードバックを受けることで、伝える情報の取捨選択が上手くなった実感があります。漫画を描いたり、執筆業を行ったりしていますが、「伝えられることを全部伝えたい」と考えてしまうと盛り込み過ぎで読む気の起こらないコンテンツになってしまいまよね。授業も本当に厳選して伝えるべきことを伝えた方が良い。そういう部分でも漫画を作ったり執筆したりということが本業に還元できていると思いますし、逆もまたしかりだと思います。前置きが長い授業では児童が問題行動を起こしてしまいますし。つまらなかったらすぐ「つまんない」って言われちゃうんで(笑)
日本の先生が副業を制限されている現状について思うこと
日本の先生の複業への制限についてどう思われますか?
まずは余白を作るところから!
副業の制限の前に教員の負担を減らすことがまず優先ではないのかなと思います。アメリカで教員として働いていて思うのは外部委託されている部分が多いということです。放課後のクラブ活動にしろ、学習支援の放課後指導にしろ、副業のような形で先生が追加で給料をもらいながら、やりたい人だけ参加している仕事なんです。その他の仕事についても業務委託で外部に任されているものが多く、自分が時間を確保しようと思えばいくらでも確保できる働き方になっています。
私の学校では定時に帰る人が大半です。「自分のやるべき仕事が終わったらなるべく早く帰る。」という雰囲気がありますね。
兼業がしにくい状況そのものについては「なんでそんなに強く制限するのかなぁ」って疑問ではあります。仮に時間がきちんと確保できるのであれば、教員として働いている時間以外の時間は個人の自由だと思いますし、兼業をすることによって専門性を高めたり能力を伸ばせたりするかもしれません。だから…なんでそんなに制限するんだろう?って感じです。
まとめ&Buuさん情報
今回はアメリカの小学校で図工の先生として働くBuuさんにアメリカと日本の小学校教員の働き方や兼業の仕方の違いについてお聞きしました。
- アメリカの学校では様々な職種の人が働いている
- 教育の問題については共通する部分が多い
- 学校の業務以外の時間も確保されている
- 兼業・副業を制限するような風土がそもそもない
見倣うべき部分を抽出しつつ、日本でも余白を生みながら先生の多様な働き方を実現させていきたいですね。
Buuさんが発信するアメリカの小学校教員の日々
Buuさんのアメリカでの様子を描いた漫画や、渡米するまでの道のりを記した連載は以下のリンクからご覧ください^^
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