教員の複業インタビュー

「学校教育が帰結するのは社会」職員の企業研修をプロデュースした元校長・齋藤浩司さんが越境するワケ

教員として働いていると「世の中のことを知らないまま教えていていいのか」「教員こそ広く社会のことを学ぶべきではないのか」といった疑問にぶつかることがあります。

今回は、校長として現場で働く教員をどんどん「越境」させ、教育に還元しようと取り組んでこられた齋藤浩司先生にインタビューを行いました。

【齋藤浩司先生】
元横浜市立中学校長|株式会社137顧問|明蓬館高等学校顧問|城南進学研究社エグゼクティブアドバイザー
中学校教諭、教育委員会の勤務を経て横浜市立中学校長に就任。GoogleやNTT先端技術総合研究所へ職員と共に赴き研修を行う。そこで得た知見を学校に持ち帰りICTを活用した学校改革を行う。 現在は退職し、越境者として複数の名刺を持ちながら日本全国を飛び回って教育に関する知見を深める活動を行っている。

越境学習とは
所属する組織の枠を越え(“越境”して)学ぶことであり、「知の探索」によるイノベーションや、自己の価値観や想いを再確認する内省の効果が期待されています。
法政大学大学院の石山 恒貴教授は、越境学習を「自分にとってのホームとアウェイを行き来することによる学び」と定義している。
引用元:経済産業省「未来の教室」事業 社会課題の現場への越境プログラム

自身の兼業の経験について

まずは自己紹介も兼ねて、私がどんなことをしてきたのかについてお話します。

きっかけはおそらく2000年(40代初め)頃にテレビに出演したことだと思います。それから、新聞や雑誌の原稿依頼を受けてちょこちょこ書いたりもしていました。それと、先祖代々受け継いでいる不動産がありましたので、個人事業主として不動産賃貸業もやっていました。

前田ひろあき

不動産賃貸業は兼業届を提出して営んでいたのですか。

市長あてに兼業届を出して、確定申告もきちんと行いました。承認されるのに3ヶ月ほどかかりましたけどね。とはいっても、相続した古い物件なので修繕費などがかさみ、もうけが出たと言えるほどではありませんでした。

校長時代に仕掛けた「越境学習」

前田ひろあき

齋藤先生は校長時代、どのような「越境学習」を仕掛けてこられたのですか。

齋藤先生

色々な形で民間企業の知見を取り入れました。

まず、教職員の意識改革のためにGoogle本社、NTT、スマイルズといった日本や世界で先頭を走っているような企業の働き方や仕事の仕方を学びにいきました。ただ、自分で電話をかけて依頼して…となると時間がいくらあっても足りないので経営アドバイザーの方に委託しました。彼らはとても顔が広いので、上記のような企業を紹介してくれた、という経緯です。しかも無償でです。

そんなことをしていると、不思議な縁があって、相手方から連絡をもらったこともありました。デキタス、横浜Fマリノス、サイボウズといった企業はそういう縁でつながりました。不登校学習支援の面で連携しています。

また、働き方改革の文脈で言いますと、外部に委託できるものはどんどん委託していきました。欠席連絡サービス、デジタル採点システムなどですね。教員や内側の人間でがんばってやることにも限度がありますので、任せるものは任せて、その分授業を充実させるというかたちです。

校内の研修や学校行事も外部に委託できるものはうまく活用していました。例えば「みんなで協力してカレーを作ろう」みたいな活動はよくあると思います。しかし、それはなんだか時代とマッチしなくなってきた。そこでテレビ局にお願いして、短いテレビ番組を協力して作るという内容に変えました。外部の人に仕切ってもらって、教員も一参加者として楽しむ、そんなこともやり始めました。

さらに、教員の資質向上という点においては、私自身がとにかくいろんなところに視察に出かけました。自分自身がアップデートしないと最前線で子供たちを教育している人たちに負けちゃう気がして。視察に行くときは生徒指導担当、特活担当、GIGA担当など必ず誰かを連れて行くようにしていました。また、外部研修に行きたいという職員には、新幹線だろうが飛行機だろうがすべて旅費として出すようにしていました。

前田ひろあき

それはすごいですね。旅費は齋藤先生の手腕で引っ張ってきたのですか。

齋藤先生

公費で研修を行っています。

というか公費として出すかどうかは校長の裁量で判断できるんです。ただ最終判断するのは教育委員会ですから、通らなかったら通らなかったで仕方ないよねという感じです。しっかりと研修を行っているわけですから、実際はほとんど通ってます。

前田ひろあき

かなり遠くの県にまで研修に出かけていますが、民間企業にも行かれましたか?

齋藤先生

地方の研修は教育関係が主です。

遠いところの企業はなかなか行きづらかったですね。少し変わったところでいうと、10種類くらいのICT機器を駆使している塾に行きました。でも行った先は教育機関ばかりですが、何かしら先進的な取組をしている学校は民間企業が絡んでいることがほとんどなんですよ。なので教育機関を介して民間とつながるということはありました。

前田ひろあき

賛同する先生としない先生の差はどうでしょう。。

齋藤先生

負担がかかるという印象を与えないことが大事ですね。

これはね、気をつかいます。職員会議で「これをやります」って話したときに、眉間にシワを寄せてんん〜っとうなっている先生がいるんですけど、後で聞くと「ぼくこれやりたかったんです」と言ってくることもあれば、逆にうなずいてうんうんと聞いている人が「私そんなことできません」と言ってきたり。人の心って読めませんね。で、読んでると疲れてくるので読まなくなりました。

でも勝手に校長があれこれするのもよくないので、日頃から先生方の発言を拾っておいて、先生方のニーズをもとに私はこういうことをやるんです!ってうまく言って通しちゃう。合意形成ってほんとに気をつかうんです。だからまず副校長に相談する。ここでだめなときもあるんだけど、いけそうならあの人とあの人を呼んで話をしてみる、みたいに少しずつ広げたりもしました。その中で修正も加えつつ3人、5人、10人と賛同者を集めていきました。

とはいえ積極的に捉えていない人も、もちろんいます。だからといってその人をスポイルするということは絶対にやりません。とにかく大切なのは、新しいことをやるときに負担がかかると思わせないこと。まぁ実際はかかっちゃうかもしれないけど、楽しかったとかやってよかったとか思ってもらえたらいいかなと思ってます。

どんどん外部と連携したい!でもお金が…

前田ひろあき

外部機関と関わるためにはお金が必要な場合もありそうです…

助成金をうまく活用しました。自分の学校で研究していることと予測される成果と課題などを書いて、いろんなところに申請します。割と当たる学校が多いですよ。そんなに数は多くないですが、学校単体で申請できるところもあります。やることが明確であれば、ダメ元でも応募してみる価値はあると思います。

前田ひろあき

どのようにして最初のつながりを構築されたんですか?

齋藤先生

コンサルタントに関わっていただきました。

教え子がコンサルをやってたんですね。で、学校経営のアドバイザーになってくれってお願いしました。でもその教え子がちょうど大きなプロジェクトを抱えてるということで、別の方を紹介してくれたんですが、その方が見事にハマりました。

前田ひろあき

紹介とはいえ、その経営コンサルタントの方が無償で引き受けてくださったのはどうしてなんですか。

齋藤先生

お金以外の価値を感じていただいていたようです。

ビジネスチャンスがあると判断していただいたように思います。企業側には子育て真っ最中のお父さんお母さんが多いので「今の学校ってこうなんですよ」「こういう情報がありますよ」ということをさりげなく織り込むなど、教育のことを語ることで取引先と親密になるというケースは多々あったようです。

企業とマッチングする見返りとして仕事を請け負ったこともあります。「中学生の意識調査」というアンケートなどですね。金銭的なやりとりではなく、こういった情報面での協力がありました。

齋藤先生の意識が外に向かったきっかけ

前田ひろあき

教員という仕事はどうしても校内のみで垂直方向に深めてしまいがちですが、齋藤先生がそうならず意識が外に向かって広がっていったのには何か理由があるのですか?

齋藤先生

「働き方改革」について知らないなと感じたことがきっかけでした。

赴任した学校の前任者から紙を1枚渡されました。そこには「積み残しのテーマ」という項目があって、「ICTをもっと活用したい」「働き方改革をやりたい」「デジタルなテストをしたい」というようなことが10個くらい書かれていました。それを見たときに、自分の考えていることと先生方の考えていることが一致するなと直感したので、踏み込みました。

そもそも赴任した学校には勤勉で実直な先生方が多かった。ICT機器の活用に関しても積極的な姿勢が見えた。それで、ICTを活用して授業を改善したり、働き方改革を進めたりできるんじゃないかと感じ、メインテーマに据えました。そのためには、教育界だけではなく社会全体の中での働き方ってなんだろうというところが分かっていないといけないなと思ったのがきっかけです。自分自身も分かっていませんでしたから。

しかし、いざ外部の方たちと話してみると、初めは何をしゃべっているのかわからない。世界的な大企業の会議は30分以上やらないなんて話を聞いたときには「働き方改革って言ってたけど、自分たちはいったい何をやっていたのだろう」と衝撃を受けたこともありました。「でもぼくたちも時間をかけて熟成されていったんだよ」と励まされたりもしました。

教員だから提供できる価値

前田ひろあき

企業に訪問する中で吸収できることはとてもたくさんあることがわかりました。逆に、教員と交流することで企業側としてのメリットはないのでしょうか。

齋藤先生

子育てしているビジネスパーソンは先生方のお話を聞いてみたいようでした。

企業には、子育て真っ最中のお父さんお母さんがたくさんいました。ですから、子育て相談みたいな流れには自然になっていましたね。例えば「自分の子が他とちょっと違うような気がして…」という悩みに対して「そういうことはけっこうありますよ」と受けつつ「こういうところを気をつけていったらいいんじゃないですかね」とアドバイスしているシーンがありました。

ときには「板書を写すだけの授業ってどうなんですかね」という挑戦状が飛んできたときもありました。「昔はそうだったかもしれませんけど、今はこうなんですよ」と矢を返していました。幼稚園から小学校低学年くらいのお子さんをお持ちの方が多かったので、こういった教育談義になることはよくありました。

この流れは割と交流の初期のころからあったので、つないでくれた企業コンサルの方も感心して「じゃあ子育てに悩む企業人と働き方に悩む学校教員をマッチングしてイベントやりまょう!」と企画していたんですけど、コロナですべて流れてしまいました。

あと、象徴的な事例でいうと、コロナで休校になったときに家庭学習でパソコンが必要だということになった。でもパソコンを持っていない家庭がある。どうしようかとなったときに「いい人がいますよ」とコンサルの方が、中古のケイタイやタブレットをリースする会社を紹介してくれました。「実は…」と相談すると、1台1000円/月で30台、1年間の契約でiPadを貸しもらえることになりました。この頃はまだ一人一台端末が配られていなかったのでとても助かりました。企業側も想定していなかった顧客が増えてWin-Winだったと思いますよ。

前田ひろあき

無償でもいいから学校に貢献したいと考えている企業って一定数いそうですよね。

齋藤先生

めちゃくちゃ多いですよ。コストがかかるかからない以前の意識が高くて、お話を聞きたいですと言われることも多いです。

教員の兼業の可能性

前田ひろあき

齋藤先生を含め学校外で活躍している先生が一定いらっしゃいますが、どういった方がそういうふうに活躍できるんだとお考えですか。

齋藤先生

気軽に色々なところに顔を出す人が多いですね。

好奇心が旺盛なんだと思います。それと仲良くなるのにそんなに時間がかからない。ただ危ないところにはいかないですよ。この企業危なそうだなと思ったらちゃんと回避はします。そのかわり行けそうだなと思うところは「お願いします!」ってぐいぐい行きます。ぼく厚かましいですから(笑)。

もちろんコンサルタントの方の判断もありますが、コンサルタントって基本的にこちらからアクションしないとほとんど動かないものなんです。ですから2年目、3年目と経つうちにほとんど自分で開拓していってました。活動初期のころはアイデア出しの壁打ち役や漠然としたネタの話し相手になってくれたのでとても助かりました。企業へ行く研修もほとんど同行してくれました。

前田ひろあき

外部にどんどん出て行った先生にはやはり変化はあるんでしょうか。

齋藤先生

明らかに行動が変わります。

まず机の上をきれいにし始めます。引き出しの中のいらないペンを整理したり。あと、ミッションを書き出してふせんで貼ったりとか。情報伝達の言い方が変わるのも大きな変化ですよね。自分の感想から入って事実を後から言っていたのが、「報告です」「相談です」と事実から言うようになる。そのうち「どうでもいい相談です」とか前置詞がたくさん付き始めるけど(笑)。

情報伝達の質が上がると、受け手も聞いていて心地いいので「今のわかりやすかったよ」などとフィードバックすることもあります。そうすればどんどんよくなっていきます。これが当たり前になってくると、いつも端的に話してる人がしどろもどろになっているときに、本当に悩んでいたり動揺していたりしているんだなとわかるようになります。

前田ひろあき

齋藤先生の関わりの中で、実際に越境したいという教員は出てきましたか。

齋藤先生

たびたび相談は受けていました。

教職大学院に行きたい、市の指定の研究員になりたい、私立に行きたい、留学したいという人はいて、その都度相談は受けていました。辞めてどうこうというのではなく、今の仕事を継続しつつというケースばかりでしたね。結局今の仕事に魅力を見出すみたいで。みなさんおおっぴらに言うわけではないですが、学校の外で学んでいるということは話してくれますよ。

前田ひろあき

学校の先生がボランティアなり兼業なりなんらかの形で外に出ていくことを、齋藤先生は率直にどうお考えですか。

齋藤先生

今後とても重要なことだと考えています。

私は、そいういう人(外に出ていこうとする人)じゃないと、逆にこの先やっていけないと思っています。教員としてやっていること+αになるようなことも含めて、違うことをやることで自分の糧になるということは大いにあります。いろんなロールモデルを見ることは、いい意味で自分と比べられます。「あの人、自分と同い年なのにどうしてあんなに色んなことができるんだろう」とか。あと、度胸がつきますね。守りに入っちゃう人って結構多いです。

ちょっと真面目な言い方をしますと、学校教育が帰結するところは社会じゃないですか。目指す社会、目指すフィールドを知らないのに教育を語れますか、ということです。すべての分野を網羅する必要はないですが、自分で見て聞いた社会のネタって最強だと思うんですよ。家と学校の往復だけではそんなネタは仕入れられないです。

まとめ

今回は「越境学習の実際」「教員の兼業の可能性」について、齋藤浩司先生にインタビューさせていただきました。この記事をご覧になっている方は、兼業や越境に少なからず関心があるかと思います。実際に現場で越境をしかけてこられたお話は、みなさんの心にどのように響いたでしょうか。

私は今回のインタビューを通して、教員の越境はリアリティのある教育をする上で必須(必修)であると感じました。

齋藤先生の実践が紹介された書籍「校長の挑戦――10人の校長が語る、学校改革の軌跡」(教育開発研究所)

シン・公務員 管理人Twitter

ABOUT ME
なべこう
元小学校教員。教員の働き方の持続可能性に疑問を感じ退職。現在はレザークラフト、ワークショップ、ボードゲームイベント、動画制作など多ジャンル複合型の働き方を実験中。